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大阪高等裁判所 平成10年(ネ)587号 判決

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  原判決主文第二項は仮に執行することができる。

三  控訴費用及び附帯控訴費用は第一審被告乙山松夫及び同丙川竹夫の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  当事者の申立て

(平成一〇年(ネ)第五八七号事件)

一  控訴の趣旨(第一審被告乙山松夫及び同丙川竹夫)

1 原判決を取り消す。

2 第一審原告の第一審被告らに対する請求を棄却する。

3 訴訟費用は、第一、二審とも第一審原告の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁(第一審原告)

1 本件控訴を棄却する。

2 控訴費用は第一審被告乙山松夫及び同丙川竹夫の負担とする。

(平成一〇年(ネ)第二三五九号事件)

一  附帯控訴の趣旨(第一審原告)

1 原判決主文第二項は仮に執行することができる。

2 附帯控訴費用は第一審被告乙山松夫及び同丙川竹夫の負担とする。

二  附帯控訴の趣旨に対する答弁(第一審被告乙山松夫及び同丙川竹夫)

本件附帯控訴を棄却する。

第二  事案の概要等

本件事案の概要、前提となる事実、争点及びこれに対する当事者の主張は、原判決「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する(但し、第一審被告丁原花子、同戊田春子のみに関する部分を除く。)。

第三  当裁判所の判断

一  当裁判所も、第一審原告の第一審被告らに対する本訴請求は認容すべきものと認定判断する。その理由は、原判決「事実及び理由」中の「第三 争点に対する判断」に説示するとおりであるから、同説示を引用する(但し、第一審被告丁原花子、同戊田春子のみに関する部分を除く。)が、本件事案に鑑み、次のとおり説示を付加する。

第一審被告乙山による本件専有部分の賃借が第一審被告甲野(賃貸人)からの申入れによって開始されたものであることは、右引用した原判決の説示のとおりであるが、《証拠略》によれば、第一審被告甲野は、第一審被告乙山に対し、平成七年一二月一日ころ到達の書面により、本件賃貸借契約を解除できる理由として合意された<1>使用目的の変更、<2>貸主の承諾のない目的物件の改造、模様替え、<3>他の賃借人の占有に対する著しい妨害、<4>借主が反社会的集団の構成員またはそれに準じる者であることが判明したとき、に該当する事由があったことを理由として本件専有部分の本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、本件専有部分の明渡しを請求したことが認められる。そして、右引用した原判決の説示によれば、本件専有部分は、その周囲の本件マンションの住居部分に属する各室と同様に住居として使用することを予定された建物部分であるところ、賃借人である第一審被告乙山は、賃借人としての間接占有は残しているものの、本件専有部分から転出してもはや自己の住居としては使用しておらず、本件専有部分は実質的に教団がその宗教施設及びその信者が頻繁に入れかわって一時居住ないし宿泊する施設として使用されていることが明らかであり、実質において占有使用の主体が第一審被告乙山から教団に替わり、かつその使用の態様も特定の賃借人の住居から宗教施設に変更されているものであって、客観的に前記<1>、<2>の事由に該当する事態が生じているといえる。また、右教団による宗教施設としての使用と特定しない複数の信者の頻繁な出入りが本件マンションの居住者に受忍限度を超える不安感を与え続けており、かつその不安感が一向に払拭されていないことも、右引用した原判決の詳細な説示によって明白であり、前記<3>に該当する事由のあることは明らかなところといえる(なお、前記<3>にいう「賃借人」とは、本件に関しては、本件マンション各室の居住者を指すものと解するのが相当である。)。前記<4>の点はともかくとして、以上の事情をまとめると、本件専有部分については、客観的に、第一審被告乙山から教団への転貸と同視し得るような状態及び用法違反の状態が継続し、それが本件マンションの他の居住者に耐え難い不安感を与え続けている、ということになるから、第一審被告甲野の本件賃貸借契約の解除を有効としてよい客観的な状況が生じていたといえる。もっとも、第一審被告乙山、同丙川、本件専有部分における現状のような使用態様は本件賃貸借契約締結当初から第一審被告甲野によって容認されていたものであって、同第一審被告の契約解除の意思表示はその真意に出たものではない旨主張する。この主張を首肯しうるような客観的証拠はないが、仮にその主張のとおりであって第一審被告甲野の契約解除の意思表示が無効であったとしても、それだけで第一審被告乙山、同丙川の占有が適法になるものではない。すなわち、本件専有部分は本件マンションの住居部分のうちの一室であり、その居住者、占有者は、他の各室の居住者と同様に、区分所有法あるいは本件マンションの管理組合規約にしたがって、平穏で良好な居住環境を維持すべき義務を負うものであり、本件専有部分における占有が他の居住者の平穏を受忍限度を超えて侵害する場合には、その侵害は区分所有法の定める共同利益背反行為として排除されうるものとなることは、いうまでもない。本件マンションのような多数の居住者がいる共同住宅においては、居住者相互の利害を調整して居住者の円満な共同生活を維持しなければならないものであり、そのため区分所有法は個々の居住者の占有権原に特別の制約を加えることを認めていることは右引用した原判決の説示のとおりであり、その占有権原が本件専有部分におけるように賃借権であっても区分所有権の場合と何ら変わることはない。右引用した原判決の詳しい説示及び前記付加した説示から認められるように、本件専有部分の賃借人である第一審被告乙山は間接占有は残しているとはいえ、本件専有部分からすでに転出し、現在は実質的に教団が頻繁に出入りする(深夜から未明にかけての出入りも多い。)信者のための宗教施設として使用している状態が変わらずに継続しているのであり、本件マンションの居住者においては、かつて教団ないしその関係者が教団外部の一般社会においていわゆる地下鉄サリン事件等をひき起こして社会に重大な不安をもたらしたことなどから、本件専有部分の前記現状における態様の使用については耐え難い不安感を抱いているものであり(なお、教団関係者の前記事件等への関与ないしその刑事責任の有無は、刑事事件においてまだ確定していないものが多いが、それだからといって、右事件等からの連想による本件マンションの居住者の抱く不安感はそれなりに客観的な根拠に基づいていて社会的に広く承認されるものであることを否定することはできず、これを単なるうわさ等による根拠に乏しい不安感として無視することはできない。)、そして、本件マンションの居住者の右不安感は、第一審被告乙山、同丙川らが原判決説示の占有移転禁止の仮処分を守らずに、教団の信者の出入りを従前同様に容認していることが示すように、同第一審被告らないし教団によって解消も軽減もされていないのである。なお、第一審被告甲野は、本件専有部分の区分所有者として区分所有法に基づく前記の制約に服するのはもちろん、第一審被告乙山に対する賃貸人として、同第一審被告に対してまたは同第一審被告を通じて本件専有部分の占有、使用が前記賃貸条件(とくに前記<3>)に抵触するものとならないよう、また区分所有法の定める共同利益背反行為とならないように管理すべきであるが、その管理が十分であったかどうかについては疑いがある。以上のとおりであって、第一審被告乙山の賃借権に基礎をおく本件専有部分の占有、使用は、本件マンション居住者の平穏な生活を受忍限度を超えて侵害するものであって、区分所有法の規定の趣旨及び本件賃貸借契約における合意の趣旨のいずれに照らしても、これを維持することができず、右侵害状態を除去する方法としては、第一審被告乙山、同丙川を本件専有部分から退去させる以外にないといえるから、第一審原告が区分所有法の規定に基づき本件賃貸借契約を解除して第一審被告らに右退去引渡しを求めるのは相当というべきである。

なお、第一審被告乙山及び同丙川の当番における各準備書面記載の主張に照らして、当事者双方が原審、当審で提出、援用した全証拠を改めて精査しても、右認定判断を覆すほどのものはない。

二  よって、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却し、なお、附帯控訴に基づき、民事訴訟法二五九条を適用して原判決主文第二項につき仮執行宣言を付することとし、控訴費用及び附帯控訴費用の負担につき同法六七条一項、六一条、六五条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岨野悌介 裁判官 古川行男 裁判官 杉本正樹)

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